2009年11月11日水曜日

くさりちゃん

ゆかりちゃんがまた学校に来るようになったのは、ゆかりちゃんのお葬式から一ヶ月たった頃のことでした。

最初は先生たちもゆかりちゃんのお父さんやお母さんとケンカしているようなかんじで何かを話していました。
しかし、学校のまわりに知らないおじさんやおばさんが集まってきて『権利』や『差別』という文字が書かれたのぼりを立てて、小さい文字がびっしり書かれたチラシを配るようになって、大きな声で何かむずかしいことを話すようになってからは何も言わなくなりました。

「ごくたまにですが、お医者様が死んだとおもってから、息をふきかえすこともあるのです」
と先生がいっていましたが、クラスのみんなはゆかりちゃんが前とちがうことに気がついていました。
くるくるとよく動いていた目はどんよりと膜がはったようになり、はきはきとへんじをしていた口はぽっかりと開いたままで、つやつやしたりんごのようなほっぺたはかえるのおなかのように真っ白です。
話しかけてもなにもこたえないゆかりちゃんは、あたりまえのように無視されるようになりました。
それにくわえて、今までかいだこともないようなふしぎなにおいがするようになり、男子はゆかりちゃんのことを『くさりちゃん』とよんでからかうようになりました。

そんなある日の給食の時間のことでした。
いつものように、ゆかりちゃんの分をめぐって(ゆかりちゃんは一滴の水も口にしませんでした)男子たちが争っていたところ、山口くんがくりだしたボディブローがうっかりいいところに入ってしまい、花沢くんがへどをぶちまけてしまいました。これから給食を食べようとして浮かれていたクラスが、とても静かになりました。
そのとき、ゆかりちゃんがすっと席を立ちました。ロッカーに向かってよろよろとあるくと、中からモップを取り出してへどをふきはじめました。
クラスのみんなはお葬式の前のゆかりちゃんはとてもやさしくて、別の女の子が吐いてしまったときにも、同じようにそうじをしていたことを思い出しました。
「ゆかり」と前に吐いてそうじをしてもらった女の子が立ち上がって言いました。「ごめんね、ゆかり」
近くの席の子からぱらぱらと立ち上がり、みんなゆかりちゃんといっしょに花沢くんのへどをそうじしました。

一方、先生は頭を抱えていました。
猿のようにやかましいこどもたちを見張らなくてはいけない上に、ひときわ面倒がかかるゆかりちゃんが増えてしまったからです。
クラスの子たちがゆかりちゃんにいたずらしないようにみているのは、ほんとうに手間がかかる仕事でした。
「こんなしごと押しつけやがって」と小さな声で文句をいいながら、クラスの前を通りかかった先生は、クラスの子たちがゆかりちゃんに何かをしているのをみました。
「こら!おまえたち!またゆかりちゃんを…!」
「先生!きちゃだめ!」女子のひとりがいいました。「ひみつなんだから!」
こどもたちがちいさな背中で必死に黒板をかくしています。その横でゆかりちゃんが、こりこりこり…こりこりこり…と黒板に何かを書いていました。
「ゆかりちゃんもだめだよ!先生にばれちゃう」
ゆかりちゃんは女の子のほうをみて、うう、と小さく声をあげると、チョークをゆっくりと置きました。
先生はおどろきました。クラスのみんながゆかりちゃんをからかうような様子はぜんぜんなく、むしろ守っているようにみえたからです。
「いたずらしてないならいいけれど、早く帰るように」
「「「はい!」」」
いつも憎たらしいと思っていたけど、かわいいところもあるものだなあ。
先生はみんなの元気な声を背中に受けながら職員室に戻りました。

月日は流れ、ついにゆかりちゃんも卒業する日がやってきました。
卒業式も無事終わり、クラスのお別れ会が始まりました。ジュースを片手におしゃべりをする時間です。
みんなはゆかりちゃんのところにもいきましたが、卒業式のときからべったり付き添っているお母さんが涙ながらにベラベラしゃべってくるのに閉口して、遠くから見ているようになりました。
ゆかりちゃんはお母さんの横でコップを両手で持ちながらじっとオレンジジュースを見つめていました。
お別れ会が始まってしばらくしたところで、学級委員長から「みなさん、しずかにしてください」という声があがりました。
「先生へのお礼のことば、ゆかりちゃん、おねがいします」
主にお父さん、お母さんが騒然としました。ゆかりちゃんがまともにしゃべれないのは明らかだったからです。
ゆかりちゃんのお母さんが正面に躍り出ました。
「この場を借りて、私からもお礼をいわせていただきたいと思いますが、いいでしょうか。」
学級委員長は予定にない展開におどろきましたが、たとえやめてもらいたくても、断ることもできません。
「ゆかりはきっとこう思っていると思います。あたしを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました」
ゆかりちゃんのお母さんがゆかりちゃんになりきった感謝の言葉は10分以上にも及びました。
水彩絵の具の色の使い方を教えてくれたこと。 放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。
一部実際にはなかったことも含まれていましたが、目をうるませている先生の手前、クラスのみんなはだまっていました。
区切りがついて、ゆかりちゃんのお母さんがだまったところで学級委員長が言いました。
「では、ゆかりちゃんからも。わたしたちはいっしょに練習したんです。ね?ゆかりちゃん」
ゆかりちゃんは学級委員長のほうを見ると、お母さんの横から離れて黒板のほうに歩きました。
チョークを手にとり、黒板に書き始めます。

あ り が と

「まあ」と父兄から感嘆の声があがりました。
そこでゆかりちゃんは先生とお母さんの方をみてから、さらに書き足しました。

く っ て や る

Inspired by:
ゆかりちゃん
http://toshidensetu.jugem.jp/?eid=15
小学生のとき、少し知恵遅れのA君がいた。
http://mudainodqnment.blog35.fc2.com/blog-entry-662.html
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執筆者のひとりのtk_zombieです。自己紹介として、ゾンビ短編を書きました。
基本的にこんなものが好きです。

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